遠くで雷が 鳴った。
昨日はグレミオが死んだ。
暗雲が広がる景色を、ルックはただ見上げていた。
珍しく今日は雨だった。
昨日、ソニエール監獄からリュウカンを連れて帰ってきたカガリの隣にいつもの顔はなかった。
それについてカガリは何も言わなかったけれど、城の雰囲気は重い。
城の住人は思い思いに、慰めの言葉をカガリにかけたりしていたが、ルックにすればそれはバカらしい事この上なかった。
いつも近くにいた人が、突然いなくなる。
その哀しみは本人にしか解らない。
だからこそ。
「坊ちゃんを見ませんでしたか?」
背後から突然声を掛けられ、ルックはビクリと肩を振るわせた。
自分でも意外な失態だった。
けれど、相手はそんな事を気にする余裕もないようだ。
「どうかしたんですか」
「坊ちゃんが部屋にいないんです。城中捜したんですが」
クレオの目は腫れていた。
「見てません」
「そうですか。見かけたら教えて下さいね」
それだけ告げて、クレオは階下へ降りていった。
また捜し直すつもりらしい。
遠くで雷が 鳴った。
息をついてルックはまた窓の外に視線を飛ばす。
昼間だというのに、真夜中のように暗い景色。
まるでこの城の雰囲気に呼応してるかのようだ。
と、ルックは船着場に動く影を見つけた。
暗くてよくは見えないが、あれは。
そうだ、確かに。
ルックはその場を離れ、彼の元へ向かった。
遠くで雷が 鳴った。
「こんな所で何してるワケ?」
雨が激しく、地面と彼を打ち付けていた。
ルックの声も雨音にかき消されてしまうようだった。
雨の中の彼は、しかし、少しだけルックの方へ振り向いて軽く笑った。
いやに狂気じみた笑みだった。
仕方なくルックも雨の中へ出て行った。
濡れるのはこの上なく嫌だったけれど。
「クレオさんが捜してたケド?」
けれど相手は無言。
ただ、顔を雨に打たれながら真っ直ぐに空を見ている。
どうやら自分は濡れ損だったらしい。
ルックはため息をついた。
「何とか言ったら?」
遠くで雷が 鳴った。
雷光にあてられた彼の顔はまるで陶器のように白く、綺麗だった。
すべらかな肌の上を流れ落ちる、無数の水滴。
「どこにもいないんだ」
消え入りそうな声で彼は言った。
「誰が?」
聞かなくても返ってくる言葉は明白だった。
そしてやはり、彼は思っていた通りの人物の名前を出した。
ルックは少しだけ、彼の近くに歩み寄った。
「あいつは死んだんだ」
自分の口から出たのに、その言葉はいやに空々しく聞こえる。
彼はこちらを睨むように向き、ルックの首を締めた。
その瞳に冗談の色は浮かんではいなかった。
「死にたい?ルック」
「殺せば?」
彼の腕に力が込められるのを感じた。
けれどルックは彼の目を真っ直ぐに見つめて言い放った。
「でも君じゃ僕を殺せないよ」
遠くで雷が 鳴った。
「怖いんだ。総てが」
ルックの首から手を離し、彼は静かに言った。
ルックは軽く咳をした。
まだ喉に残る圧迫感。
少しだけ覚えた、死の恐怖。
いや、死ぬ事は怖くない。
本当に怖いのは、どこまでも深く沈む人の心。
「テッドがいなくなって。グレミオもいなくなって。父さんとも戦うだろう。いつかクレオもパーンもいなくなる。それが怖いんだ」
パン、と軽い音が雨音に飲み込まれた。
ルックは思わず、彼の頬をはたいていた。
彼は見開いた目をルックに向けた。
けれど、ルックは非力故あんまりダメージは与えてはないようだが。
取り合えず目を覚まさせるくらいの役には立ったようだ。
「僕は死なない。ソウルイーターなんかじゃ僕は死なないよ。だから・・・・・・」
その先は言えなかった。
言っても仕方のない事だとルックには解っていた。
その陳腐な言葉を彼は、言わなくてもしなければならなかったから。
そして自分も。
遠くで雷が 鳴った。
彼は泣いていた。
雨で濡れた顔だったけれど、確かに彼は 泣いていた。
「カガリ・・・・・・」
「ごめん。ルック」
彼はルックから視線を外し、うつむいた。
雨は止む事を知らないように降り続ける。
城にも、ルックにも、カガリにも。
ルックはただ、彼をみつめていた。
見つめることしか出来なかった。
雷光が二人を照らす。
雷が 鳴った。
誰かの悲鳴にも聞こえた。
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