黎明

 黎明の空が眩しくて、ルックは重い目を開いた。
 丁度朝日は自分に注がれている。
 ぼうっと未だ半分夢の住人になりながらも上体を起こすと、隣から声が洩れた。
 そちらを見遣るとまだ眠っている彼の貌。
 ようやく自分の焦点が合ってくる。
 朝日に照らされた隣の彼はまるで彼の位置付けを確かなものとするように神々しかった。
 例えその身が呪われているようなきらいがあっても。
 彼が大切な人に裏切られ、彼が大切な人をその手で殺めていても。
 多くの人々が彼に希望をもち、彼の中に明るい光を見るのだ。
 例えそれが本人にとって苦痛であっても。
 初めて彼と会った時、何て頼りない奴なんだろうと思った。
 軍師にいわれるまがまま、流されるまま。
 自我の確立も何もあったもんじゃない。
 けれど彼は変わる。
 一つの悲しみが彼を襲うごとに彼の瞳は人を魅了し、そして泣かなくなる。
 いや、泣けなくなるのだ。
 肉親が死んだ時も、大切な人が死んだ時も。
 彼は泣けなかった。

 ルックは息を付くと彼の剥き出しの額に手を当てた。
 仄かな熱が伝わってくる。
 微かに開かれた唇から寝息が洩れる。
 ルックは彼の柔らかな髪を梳いた。
 シャラと指の間を流れるように零れ落ちる。
 儚い。人の命のように流れて落ちていく。
 と。彼はころんと寝返り、仰向けになった。
 どうやらまだ暫くは目を覚ます気配は無いらしい。
 戦争は終わった。多大な犠牲と哀しみを伴って。
 ようやく終結の文字を世界に巡らせた。
 もしかしたらこれは彼の初めての休息なのかもしれない。

 そっと掬った髪の束を唇に寄せた。
 それは崇高な少年の儀式のようで。新たなる誓いのようにも見えた。
 自分が彼にどんな感情を持っているのかよくは解らなかった。
 確かに唇を重ねた時も、今回のように夜を過ごした時もあった。
 しかしそれは彼の一人寝の寂しさを紛らわすためのようにも見えたから。
 もしこれが愛だとかいうならば。いやに自虐的な要素を含んでいると思わず嘲った。
 彼が自分を求めるのは傍にいない誰かを自分に置き換えるため。
 だったら自分は彼にとってどんな位置に立たされているのだろう。
 その位置が何だか見える気がして、ルックは目を伏せた。

 そっと彼の貌を見遣る。
 自分と同じ、紋章が住み着く体。
 紋章に好かれてしまった体。
 これからもずっと、それが離れてくれるまで変貌しない姿。体。
 僕らは少年のまま年をとる。

 ルックは彼の微かに開かれた唇をこじあけ、埋め込むように自分の舌を差し入れた。
 もしそれが愛と呼べるものならば。
 口腔の中で絡まった熱いそれに、まとわりつく唾液。
「ん・・・っ」
 気付いたのか彼が小さく声を上げた。
 ルックが舌を抜くと離れるのを惜しむかのように糸が二人を繋ぐ。

「おはよう」
 ぼんやりと目を開いた彼にルックは何事も無いように声を掛ける。
 けれど声とは裏腹に動き出した体はそこに留まってくれない。
 半ば無意識にルックは彼の首に腕を廻して。その首筋に朱い痕を付けた。
 明るい朝というものが一気に泥濁したものに変わった気がした。
 そこにあるのは自分の心と同じ、闇。真っ黒で空ろな孔。
 けれど一度好いと感じてしまったものからは離れ難くて。
 たった一度でも彼を好いと思ってしまった自分にも嫌気が差す。
 けれど所詮はそんなものだ。

 彼の手が求めるように自分の首に廻される。
 それが始まり。
 また二人で沈んでいくだけ。
 真っ暗な孔の中へ。
 孔の中へ。

「ん・・・あっ」
 それは彼の手で出された自分の声だったのか、自分の手で出された彼の声だったのか。
 けれどそんな事はどうでもよかった。
 ただ彼を好いと求める自分と。自分を好いと求める彼がいれば。
 愛や恋の属性は第三者の横入れのように意味を持つものではない。
 確かに現在自分は彼だけが好い。
 彼だけが欲しかったから。

穿たれた孔に、見えるのは闇だけでも。
今自分は彼だけが好い。


6月9日ルックの日限定だったもの。

ルク主でも読めますがやはり坊ルクかなあと。

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