† | カルマ | † |
例えばそれは空白。 例えばそれは空間。 例えばそれは・・・? 君と僕の間に出来たスペース。 間隔、歩幅。 我侭になるくらい、欲して止まないもの。 お茶を淹れようと思って立ち上がりかけたら、法衣の裾を掴まれた。 し掛けた行動を止められるのはあまりいい気分ではない。 少しだけ睨んだら、なのにそれは何の効果もなかった。 「何?」 目を見ているだけじゃ何も始まらないから、とりあえず口を開いてみた。 いつも通り、短い言葉。 無駄を省いたそれだけの言葉は何故かいつも一番自分らしいと思う。 「ここにいてよ」 何故だろう。 還って来た言葉は少しだけ重かった。 仕方なくルックは浮かせた腰を元に戻した。 クッションがゆるりと沈む。 けれど彼は掴んだ手を離そうとせず、更に力を込めたように見えた。 暫く何も云えずにただゆわりと時間だけが過ぎて。 少しだけ開け放した窓から薄く風が吹き込んでくる。 彼の甘茶色の髪がさらさらと靡いた。 時々、いやもしかしたら常に、かもしれない。 考える。 彼と自分とのこの間の意味を。 どれくらい一緒にいて物理的な間隔を埋めたとしても。 メンタル的には常に二人には距離があって。 その溝はどこまでも平行線を続け、決して交わる事はない。 手を繋いでも。 隙間がないくらい躯を寄せ合っても。 背中に腕を回しても。 なだらかで緩やかな溝が永遠に続いている。 果たしてそれはどんな意味を持つ空間なのだろうか。 そしてそれはどちらの思い、なのだろうか。 誰にでもある。 決して誰にも触れられたくない場所。 あまりにも惨めで痛くて曝け出せないモノ。 二人の間はきっとそれ一個分。 時折とてつもなく遠く感じる彼との狭間。 なだらかな溝。 少しだけ息をついて彼を見遣ると、丁度双眸に出会った。 魔物の目だと思った。 見つめ続けていれば、射貫かれてしまうような目だ。 笑めばまだ慈愛を含めるものなのに。 ただまっすぐに見つめる目は毒を含み。 それだけで相手を殺してしまえるのだろう。 「痛いよルック」 そう云われて気付いた。 無意識に彼を抱きしめていた。 何故だか解らない。 溢れるような衝動に駆られてただ。 胸の中に彼をしまいこんだ。 ああ。けれど風はとてつもなく凪いでいる。 耳元を微かに流れる風の音は酷くなだらかで。 先ほどの激情とは裏腹に静かだった。 彼の匂いがした。 うまく云えば日向の匂い。 悪く言えば。 飢えた血の匂いだ。 ふと彼と自分には何も存在しないことに気付いた。 その間には本当に何もなくて。 ただ空白しか存在しない事に気付いた。 いや、理解したのだと云うべきか。 今までも解っていたのだ。それを理解したのだ。 求めても求めても埋まらない空白はもはや。 空白が当たり前だったのだ。 そこを埋めるものなど存在しないのだ。 溝を埋める水も土も初めから存在しないのだ。 心中の痛みは、剥けても晒しても決してその間を埋めるものにはなりえないのだ。 それは何だろう。 それは例えば埋めなければいけない空間ではなくて。 必然として空いている隙間なのだ。 ぽっかりと孔が空いているのではなくて。 そこには空白が存在しているのだ。 それは何だろう。 例えて言うなれば。 想い、とでも云うべきか。 いや、そんな陳腐な言葉では表せない。 相手を想って想って、好き過ぎた心が。 躊躇いもなくそんな距離を作る。 それはこの身のカルマのせいか。 「君と僕の間に何があると思う?」 明確な答えが聞けるとは思えなかったが、それでも何らかの言葉が欲しくてそう問うた。 彼は少しだけ訝しげな目をしたが、考えるように俯いた。 彼のさらさらの茶色い髪が日差しを受けてキラキラと輝いている。 少しの風が届くだけでそれはゆっくりと姿を変える。 「何もないよ」 何時の間にか見とれていたようで彼が発した言葉に気付かなかった。 「僕とルックの間には何もない。ここにあるのは気持ちだけだよ」 その言葉を貰って。 何故こんな事を考えたのか不思議にさえ思った。 何故間に何かがあると思ったのだろうか。 何故間が存在すると思ったのだろうか。 何もないのだ。 どこかしらに空白を感じてもそれは。 そこにあるべきものとして存在する空白なのだ。 決して無意味なものじゃない。 疑心やら気まずさやら擦れ違いなどといったマイナスの空白ではない。 その間にすっぱりと挟まるべき存在なのだ。 「それにね。ルックとならこの空白も愛しいものだよ」 何故彼はこんなにも簡単に答えをくれるのだろう。 何故彼はこんなにも自分に応えてくれるのだろう。 「話さなくても居心地が悪くならないのは、この空間が好きの気持ちで埋まってるからだよ」 何も云えなくて。 ただ彼の言葉だけを聞いて。 彼の頬に指を滑らせた。 「・・・それともコレは僕の気持ちだけなのかな?」 挑発するような言葉にそれでも嬉しくて乗ってしまった。 彼の耳元に唇を寄せ、云う。 簡単だけれど決して軽くはない言葉を。 そのまま彼の首筋にまで指を滑らせた。 少しだけ汗の浮いた肌の感触が指先に感じられた。 こういう感触を嫌いじゃないと思ったのはいつからだろうか。 いやきっと。 それが彼であるから嫌ではないのだ。 吐息が感じられて吸い込むように唇を合わせた。 彼の赤味は柔らかな味がした。 カーテンが持ち上がってゆわりと風が流れ込む。 新しい空気が二人の間を染めていく。 二人の間には何もない。 何もないという空白。 それはなんて求めてやまなかったものだろう。 当たり前な程に降り続く、思いの空間。 それはそこにあるべきで。 それはそこに存在して。 彼を愛しいと思う気持ちも。 そこにきっと詰め込まれている。 |
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04/11 | † | 戻る |