君の唇から爪弾きだされる言葉は。
いつだって僕の心を惑わしていく。
その唇が時には僕に触れて。
僕の中をゆっくり溶かすように波打って。
僕は君の唇が
とてもスキ。
珍しくお茶に誘ってくれたのはルックの方だった。
いつもだったら誘うのは専らマユキの方で、どれだけ誘っても、毎日誘っても返ってくる言葉は「行かない」の一言。
その言葉に幾ばくかの落胆を感じながら、それでも明日があると自分を励まし、そしてナナミの元へと走るのだ。
それが大抵の、城にいる時のマユキの三時の日課だった。
毎日今日こそはと思いながら足を運ぶ。
甘い期待と少しの焦燥と。そした多大なる失望。
きっと今日も無理だろう、そう思いながら今日は来てくれるかも知れないという高鳴り。
でもやっぱり、どんなに時間を重ねても返ってくる言葉はいつも同じ。
いつだって同じ。
何時の間にか胸に溜まっていく言葉。
溜まって溜まって溢れて行きそうな言葉の水。
それを抱えながら。
けれど。
けれど今日は違った。
「お茶に行こうか」
お決まりのテレポートで、部屋から出て行こうとしたマユキの部屋に現れ、彼が出した言葉はそれだった。
突然の来訪者の、そしてその言葉にマユキは空いた口を閉ざす事が出来ない。
そんな自分をお構いなしに、彼は自分の服の裾を掴み呪文の詠唱を始めた。
ルックのテレポートはビッキ―のそれとちょっと違う。
ビッキ―のは目的地に引っ張られる感じがするのだが、ルックのはふわりと風が飛ばしてくれるような感触。
その感覚を味わう度に、彼が風の申し子なのだという事実を感じる。
彼の風は離れるのが惜しいくらいに優しい。
もっと包まれていたくて、思わず掴んでしまいたくなるほど名残惜しい。
だからマユキは彼の風が大好きで。
それが優しいから、ルックも優しいと思う。
シーナやフリックや、トランからのルックを知っている人達は口を揃えて、性悪だの毒舌だの彼を形容するが、マユキにはいまいちよく解らない。
だって彼が自分に触れる手はとても優しくて。
その中で眠りに落ちてしまうくらい心地よい。
まるで彼の掌で転がされているように感じるくらいに。
「着いたよ」
そう言われて閉じた目を開くとそこは、予想していたレストランではなかった。
マユキの見慣れたそこは。
ルックの部屋だった。
「あれ・・・。ここ」
「お茶なんだからちゃんと椅子に座りなよ」
思わずベッドに進みかけた足をルックの言葉が制止する。
いつもこの部屋に来ると大抵ベッドに寝転がるのが常だから体は正直にそちらに向いてしまった。
そんなになるくらいこの部屋に来ている事実に思わず恥ずかしくなって、マユキはのろのろと椅子に座った。
「わあ!」
テーブルの上に大好きなココアクッキーを見つけて思わず歓声が挙がる。
藤で編まれた籠に白いレースのナプキン。
その上を綺麗に並べられたクッキー。
「はいお茶」
言葉と共に暖かな湯気を燻らせた白いカップがマユキの前に置かれた。
それから貝型の皿に置かれた小さな角砂糖に。可愛らしいミルク入れ。
お茶の香りがふわりとマユキの鼻腔をくすぐる。
今まで出会ったことのないお茶の香りに胸がときめいた。
大好きな彼の入れてくれるお茶はどんな味がするのだろう。
マユキはうきうきとカップを唇に近づけた。
「熱いからね」
そう言われても急いた心は治まらない。
そしてマユキはルックの思う通りに、彼の策に嵌った。
けれどそれはそれで。
何て幸せな蝶なのだろう。
「熱ッ!!」
マユキはそう叫んでカップを受け皿に収めた。
そして涙目のまま口を抑える。
「火傷した?」
向かいの椅子に座りかけていたルックがこちらへ寄る。
片膝を付いてマユキを見上げた。
「みたい・・・・・・」
「見せて」
やんわりと優しく手を外され碧の目に覗き込まれる。
金茶の優しい髪がサラリと揺れて。
その目の光にマユキの内がドキドキと鳴った。
「口閉じてたら解らないよ」
言われればもっともだとマユキはちらと舌先を覗かせた。
「ひゃ」
ルックの顔が近づいてきたと思ったら、そのまま。
舌先を彼に舐められた。
驚いて思わずその舌を引っ込める。
するとルックは表情変えずに。
「もう痛くない?」
そう言われて”痛くない”なんて言える程マユキは高尚な抑制を覚えてはいなかった。
だってきっと。
痛いって言えばまた。この舌に彼のそれが触れるのだ。
けれどその言葉を言うのはまるで自分が求めているような重みを含んでいるように思えて。
そうしたら。もしかしたら自分はすっかり彼の策に嵌ってしまったのではないかとそんな気にさせられる。
けれどそれは本当に。
はやる気持ちでお茶に口を付けた瞬間からマユキはルックの策に嵌っていたのだから。
マユキは目を閉じて、舌で前歯の裏を舐めた。
少しだけ刺激が走ったのに理由を見つけて、口を開く。
「まだ痛い」
彼の策に嵌った気になるのは少し厭だったけれど。
でも彼に触れたいと思う気持ちはいつだってこの心に溢れてやまない。
その二つをもし天秤にかけてみたら。
きっと瞬間的に我侭が落ちるだろう。
言葉を流してマユキはまた目を閉じた。
それでもルックが近づいているのが解って。
ゆっくりとした時の中で自分の舌先に彼のそれが触れるのをまた感じた。
自分を溶かすような柔らかな熱。
そしてそれぞれの舌を収めるように唇が重ねられる。
もっとちゃんと触れていたくて、マユキの腕がルックの首に回る。
「ん・・・ふっ・・・・・・」
甘い甘い、大好きなココアクッキーより甘い彼の唇の味。
自分にしかきっと解らない。自分だけがきっと許されてるこの味を。
マユキはいつだって感じでいたいとそう思ってる。
彼の唇は僕だけに許される甘い味。
僕の内に入り込んで僕を取り込んで止まないそれは。
いつだって僕が欲しがってるもの。
だから約束して。
僕にしか許さないって。
約束して。
その先にあらかたの予測がついて、カガリはその場を離れた。
そんな場面を見るほど自分はまだ無粋な人間じゃない。
ふと通りかかったルックの部屋でマユキの姿を見つけ。
暫くその様子を眺めていたのだが。
珍しく面白いものを見てしまったかもしれない。
さてこれから何処に行こうか。
本来ならばマユキを訪ねてきたのが理由なのだが、彼は今ルックと共にあの扉の向こう。
それならビクトールがいるであろう酒場にでも行って一杯引っ掛けるのもまたいいかもしれない。
くるりと踵を返して酒場に向かい掛け。
そして先程まで覗いていた扉の方を見遣って、唇の端を持ち上げる。
「ルックもまだまだ子供だね」
彼の唇は僕の体を溶かす。
優しい熱に侵されながら、僕の中はどんどん高鳴って。
その唇が好きだから。
もっと触れて欲しいと思うのは我侭でしかなくても。
大好きだから。
ねえ。もっと触れていてよ。
|