つないだて

君の指先が自分の指先にそっと触れて。
ただそれだけで。
その部分が熱を持ったように熱い。
僕等がこの手を重ねたのは何時の話だったろう。
それからずっと繋いでるこの手を。
離さないでいて。
ずっとずっと。
握り締めていて。

 白いカーテンの端が目の隅を揺れて掠めた。
 昨夜窓を開けたまま寝てしまっていたのか、外からは涼しい風が吹いてくる。
 それに煽られて白い布がまた、ひらり、と揺れた。
 自分の同朋にゆすられたかのように、上体を起こしたルックはその広がった布に包まれる。
 そこから見上げる窓型に切られた朝の空は、抜けるように蒼くて綺麗だった。
 そしてその蒼に完全なまでに調和するまっさらな白い雲。
 どこからか聞こえる小鳥の唄。
 城の商店が並ぶ方からは既に生活の音が聞こえる。
 家庭の朝食が造られているだろう匂い。
 いつもと変わらない日常的な朝の風景。
 いつもと変わらない今日がまた始まっていこうとしている。

 ふとルックは隣の彼を見遣る。
 彼はまだ布団に包まって寝息を立てていた。
 実際自分が彼より遅く起きる事は滅多にない。
 大抵はこうして彼の寝顔を見て、そうして自分の一日は始まっていく。
 ルックは彼を起こさないようにゆっくりと、自分に掛けられていた布団を彼に掛け直そうとした。
 が。
 片手を何かに引っ張られて布団から抜け出す事が出来ない。
 訝しげに思いその手を見ると、その先に繋がっていたものは。

 ルックは息を付いた。
 だがそれは決して落胆の色ではなく。
 何だか気持ちが浮くような。
 思わず苦笑するかのような。
 そんなため息だった。

 今、ルックの手は彼の手に繋がれていた。
 優しいけれども決して離れない強さで。
 繋がれていた。
 その手のひらから彼の熱が伝わって。
 彼が生きているその音まで聞こえてくる気がして。
 繋がったその手を離すのが、何だか急に惜しい気がしてくる。
 けれど。

「マユキ」
 何時もなら黙って出て行くルックだったが、今日ばかりは勝手が違っていた。
 いや、これくらいなら彼の握りを外して出て行くことは容易い。
 しかし自らの意思でそれを離してしまうのは、彼への拒絶を表している気がして。
 それはまるで彼の想いを冒涜しているかのような気がして。
 好かれている事は嫌じゃなかった。
 ちょろちょろと動き回る彼が、自分に対してはその動きを止めてくれることは嫌じゃなかった。
 だから何だかこの手を黙って離すのが躊躇われた。

「マユキ」
 もう一度その名前を呼んでみる。
 けれど寝息が途切れる事は無い。
 もう暫くしたらナナミが起こしに来るのだろう。
 その前に自分はこの部屋から出てなくてはいけなかったから。
 ルックは繋がれたほうの手を引き寄せ、彼の手の甲に口付けた。
 そして今度は繋がれていない方の手を持ち上げる。
 そして。

「ぶ・・・・・・は――――!!!!!」
 盛大な呼吸音と共にマユキは跳ね起きた。
「おはよう」
 そんな彼にルックは笑顔でもって出迎える。
 それは爛漫な笑顔ではなく、何というか悪戯をした子供のような、そんな笑みだった。
「酷いよルック。鼻つまむなんて。息が出来なくなっちゃったじゃない」
「君が起きないからだろ」
「もうちょっと優しい起こし方してもさあ・・・」
 持ち上げた手が向かった先はマユキの鼻だった。
 それをルックはつまんだのだ。
 案の定息が出来なくなったマユキは、苦しくなって目を覚まさざるおえなかったという訳。
 ルックは思惑通りのマユキの行動に思わず口の端を緩める。

「これ。何で繋いでるのさ」
「え?」
 何も気付いていないマユキに仕方なくルックは繋がれた手を差し出す。
 それを見てマユキが、ようやく合点がいったように小さく声を漏らした。
「あ」
 気恥ずかしそうにマユキはルックを見上げる。
 まるでそれは悪戯した子供が母親に弁解するような、頼りない表情。
「だって起きたらいつもルックいないんだもん」

 思っていた通りのマユキの答えにルックは苦笑して。
 そしてその額に口付けた。
「僕はどこにも行かないよ」
 曖昧な言葉ではあったけれど、今この瞬間の彼を納得させるには十分な言葉だろう。
 いつかここを離れなければいけない日が来る事をルックは知っていたから。
 そしてマユキもきっと気付いてる。
 いつか離れる時が来る事を。
 けれど今そんな事どうでも良かった。
 そんなのはまだまだ先の話だったから。

「おはよう。マユキ」
「おはよう。ルック」
 互いに交わした朝の言葉を。
 これからも出来ればずっと交わせていけるように。
 願いを込めるように。
 二人は唇を重ねた。

 今ここで繋いでいる手から。
 君の総てが流れて来る気がする。
 体温と生きている音が伝わって。
 何だか嬉しくなって。
 だから。
 だからこの手を離さないでいて。
 ずっと繋いでいて。

触れた指先から君の体温が伝わって。
そこだけが、熱を持ったように熱い。
そして僕は。
その熱い指先に口付ける。

未詳 戻る