† | 夢喰い | † |
僕は君の夢を喰った。 君は夢を見なくなった。 僕は君の夢を喰った。 君は未来を見るのを止めた。 君は何処へもいけなくなった。 「そんな風に思ってたんだ?」 聞くまいと思っていた疑問がするりと唇から零れ落ちて、戻せない時間にマユキは苦笑した。 何でも素直に聞けるこの性格は良いものだと思うけれど時々災いする。 誰にだって聞かれたくないだろう闇があるのだし、自分にだってそれはある。 不用意に覗いて侵食されて、自分が堕ちそうになった事だってある。 けれど今。眼前にいる彼には隠し事はしたくないし、嘘も吐きたくはない。 真実の事を言いたいし、知りたいと思う。 「何が?」 疑問を疑問で返された。 それはそうだろう。 こんな主題のない疑問を提示されて、求めていた答えが返ってきたらその方がすごい。 「僕に未来を変えて欲しいって」 空白は長いようにも短いようにも思えた。 ただ、二人の間を何かが通ったように時間が止まった。 けれどそれを破ったのはルックで、軽く笑っただけだった。 「君じゃないかもしれないよ」 「ああ、そっか。カガリさんも いるか…」 言葉に少し、マユキは落胆した。 ルックにそれだけの期待をされていたのだと思うと少し嬉しかったのだ。 そんなに大きな期待を自分に寄せていたのかもしれないと思うと、不謹慎だが心が躍ったのだ。 けれど思えば、トランの英雄の方が自分より遥かに期待出来る。 技も、思想も、能力も、何をとっても適わないのだ。未だに。 「そうだね、でも。君にも期待 してた よ」 付け加えたように言われたって嬉しくないよ、と頬を膨らませてみたら、彼は苦笑して。 「いや、難しいな。トランの時にはアイツに期待してた」 ルックはカガリをあまり名前で呼ばない。 その戦争を知らないマユキにとって、その時の事を考えるのは憶測でしかないのだが。 けれど、きっと二人には何かあったのだろうなと邪推する。 戦争中は、時折訪ねるカガリとルックの無言に交わす視線に悩みもした。 きっとルックはカガリが好きなのだろうと、推測した。 けれどルックはマユキの隣にいてくれたし。 今でもこうして遊びに来てくれるし。 不安の渦に巻き込まれると翌日には頭を撫でに来てくれるし。 だからマユキはもう気にしない事にした。 今では二人とも、別々にだけれど訪ねて来てくれる。それでいい。 そしてルックに対しては、関係がちゃんと感情の上に成り立っている。 だからそれでいい。 「そして、この間の戦争の時は君に期待してた」 この間というのには御幣がある。 それはもう15年も前の話だ。 あの時自分は精一杯戦争をした。 精一杯という言い方も可笑しなものだけれど、どうにかして戦争を終わらせたかった。 そうだ。戦争を終わらせたかったのだ。 だから、いつも隣にいたルックの願いも、夢も知りもしなかった。 自分のその夢はかなえてもらったのに。 夢を喰ったのだ。マユキはそう思う。 その時、自分の事にしか頭が回らなくて、ルックの夢を喰ってしまっていたのだ。 「君もアイツも紋章を手に入れてしまったからね。それが 忌むべきでも」 「今からでも遅くないんじゃ ない?」 そう云ったら、意味ありげに笑われた。 もう遅いよ、と遠まわしに言われた気分だった。 閉じ込めてしまった想いに腹が立ってむくれてみせたら、彼は手を延ばして頬に触れた。 寄せられて唇を重ねる。 けれどそれは、虚ろで何もなかった。 寄せた唇は柔らかかったけれど、何の味もしなかった。 ただ。冷たい だけ。 「君に期待はしていた けど。途中で止めたんだよ」 前髪をかき上げられて、そのまま環っかを外された。 それがどういう意味なのか解っていた。 「何で?」 導かれるまま、彼の背中に腕を回してマユキは問う。 外の色が、部屋に流れ込んでくる。 赤はうっすらと黒に攻められて。 灯りを点していないこの部屋はやがて、塗りつぶされてしまうだろう。 「君を好きになったから」 首筋に寄せられた唇はさっきよりも熱を持って、マユキの中に侵食した。 それは、彼のせいだろうか。 それとも自分の温度のせいだろうか。 細かい事は解らないけれど、マユキはただ。 目を閉じた。 君を好きになったから、君を傷つけたくなくて。 君が痛い思いをするのが嫌で。 君を失いたくなくて。 そして世界に君が必要なのだと解ったから。 自分で叶えようと思った。 自分でこの夢を叶えようと思った。 瓦解した神殿の中を独りで立っていた。 雨が重く服をぬらしてゆくけれど、そんなのは気にならなかった。 ただ、悔しかった。 何も出来なかった自分は、彼の夢を喰っただけだったのだと。 彼に対して何もしてやれなかったのに、自分は夢をかなえてもらって。 こうやってぬくぬくと生きている。 悔しくて、涙が出た。 けれど、泣いてもそれは。 懺悔にすら ならない。 ルックは間違っている。 世界に自分が必要かなんて、自分では解らない。 けれど。 自分にはルックが必要なのだ。 それだけは解る。 例え我侭で、それは欲望でしかなくても。 自分にはルックが必要で、ルックのいない世界にはいたくないのだ。 ルックのいない世界には存在したくないのだ。 雨の中白く、霞が揺れた。 世界は、虚ろだった。 | ||
Jul/06 | † | 戻る |