日向の下

 カサリ、と紙が擦れる音が後ろでした。
 ロイはチラリとそちらを見遣る。
 陽光を受けた彼の貌はまるで磁器のようで、創り物のように綺麗だった。

 こんなのに似てる訳がない。
 こんなに綺麗な物に似ている訳がない。
 目の端に見える彼と自分の差は歴然としている。
 滲み出る何かが、あまりにも違いすぎる。
「ムカつくよな」
 生まれが違うだけで人はこんなにも綺麗になれるものだろうか。
 温室でぬくぬくと育った腰抜けかと思えば、意外に力は強いし、頭も良いし、人柄も善いし。
 人を一瞬で惹きつける力だとか、夢を見せられる目だとか。
 自分にもソレはあるのだろうと思っていたけれど、惹き付けた人数がまず違う。
 それに、一騎打ちで簡単に倒せると思っていたら反対にやられてしまうし。
 神様っていう存在は本当に不公平なのだと思った。
 それ以前に、神様なんてものは信じてはいなかったけれど。

 ロイにとって背後にいる彼はどちらかと言うと嫌いな部類だ。
 それが同じ貌なら尚更に。
 そして自分より勝っているならその上に。
 だって、自分はそれなりに修羅場を潜ってきたはずなのである。
 貴族が甘い汁を吸う街で、それなのに上澄みをすくって生きてきた。
 それなのに家族に囲まれて、護衛に護られて、優雅に暮らしてきたお坊ちゃんに負けるなんて。
 そして条件とはいえ、そんな彼の影武者をやっているなんて。
「ムカつくんだよ」

「ムカつかれても困るんだよね」
 2度目の言葉は彼にまで届いたらしい。
 パタリと読んでいた本を閉じ、息を吐いた。
「偽者を引き受けたのは君だろ?」
「しょーがねぇだろ!?ソレが条件だったんだから」
 瞬間的に熱くなる自分と引き換えに、それでも静けさを保っている彼に更に腹が立った。
 それに今更、こんな話題を出しても仕方がない事にも気付いていたけれど。
 点いてしまった火はなかなか消す事が出来なかった。
「誰も条件だなんて言ってないよ。僕がそれを君に頼んだ訳でもない」
 確かにそうだ。
 この眼前の王子自ら自分に頼んだ訳ではない。
 頼んで来たのは誰だったか、あの軍師だったか。
 それともこの王子のオバさんだったか。
 彼はただ、誰かの提案に素直に頷いただけだ。
 けれどだからといって、今の彼と同じような温度になれる訳もない。

「チ、かわいくねぇ」
「女の子じゃないんだから、可愛いなんて言われても僕は嬉しくないよ」
 そう云って彼は、女の子にも勝る顔で笑った。
 自分には到底出来ない緩やかで暖かい笑み。
 きっと他の誰も知らないけれど、この王子はかなりの曲者だ。
 この笑顔に城中の者たちが騙されている。
「っつか、何でオマエ、オレの前だと態度違うんだよっ」
「そんな事ないと思うけど?」
 しれっと彼はいってのける。
 それは確信犯の余裕なのだろうか。
 何だか更に腹が立って、彼が再び開き始めた本を奪い取った。
 それは「錬金術と無意識の境地」とかいう面白くなさそうな本だった。
「ぜってー違う」
 けれど彼は取り上げられた本に別段声を荒げる事もなく、云う。
「じゃあきっとロイには素の自分が出せるんだね」
 何だそれは。
 どういう意味だそれは。
 ロイは体の中から力が抜けていくのを感じた。
 何を云っても暖簾に腕押しだ。
 何でこうも彼は性格が悪いのか。

「その可愛くねぇ方も真似てやっからな…」
「誰も僕の真似なんて気付かないよ」
 日ごろの行いが善いからね、と彼はまたにこりと笑った。
 ああ、もう。
 折角抜けた怒りがまたもや頭をもたげようとしている。
 それにずっとここに居ても水掛け論が続くだけだ。
 そもそも何でこんなところにいるのかさえも既に解らなくなってきている。
 いや、たまたま通り掛かっただけなのだ。
 あまり城にいない彼が、珍しく暇そうに本を読んでいたから。
「ああ、もうっ」
 くるりと踵を返して彼の横を通り過ぎた。
「どこ行くの?」
「部屋にもどんだよ」
「そう。じゃ、またね」
「またはねぇっ」
 ロイは苛苛しながら、声を掛けたことを後悔した。
 出来る事ならもう二度と話なんかしたくないと思った。
 何故顔はあんなに綺麗なのに喋る言葉は綺麗ではないのか。
 何故自分はあんな奴と同じ顔をして、影武者などをやっているのか。
 本当に神様というものは不公平だと思う。
 けれど。  けれど気になるのは何故だろうか。

 自室への道をぐるぐると下っていく途中で、先ほどまで自分がいた場所が見えた。
 まだ王子はそこにいるらしく、小さな影が見える。
「ヤな奴」
 太陽に向かって、ロイはそう呟いた。

 ユエは宿屋の下の道をぐるぐると降りていく彼の姿を見て、セラス湖に視線をずらした。
 読んでいた本は結局持っていかれてしまった。
 いや、実際にはあんなつまらない本、読んではいなかったのだが。
 けれど、これで理由が出来た。
 本を返してもらうという理由を手に、彼を尋ねる事が出来る。
 そして話が出来たらきっとまた面白いだろう。
 ユエは先ほどの、怒った猫のようなロイを思い出してクスリと笑った。
「可愛いなあ、もう」



性格の悪い王子を書いてみたかったのです……。

成功しているかどうかは別として。

王子が性格悪いと、やっぱりすんなりと王ロイ

そしてロイにだけ性格悪いと尚更ヨシ!

mar/06 戻る