Please Please

君がいるなら大丈夫。


「ロイ―――――!!」
 聞きなれた声が遠くから自分を呼んだ。
 そちらを見やると大きく手を振った王子がこちらに走ってくるのが見える。
 その明るい姿を見て少しのため息は禁じえない。
 だって、彼はこんなでもこの国の王子なのだから。
 すぐに誰でも信じてしまいそうな危なげな性格。
 人々を魅了して止まない笑顔。
 それは彼の育ち故なのか、それとも元来のものなのか。
 そのどちらなのかは最近付き合いだしたロイには解らない。
 けれど。そして。彼と自分は似ているという。
 それは性格ではなく容姿に関してなのだが、やはり変な気分だ。
 影武者を自らかって出たとはいえ時々とてもおかしな気持ちになる。
 喋りさえしなければ、鏡の向こうの自分。

 けれどロイは知っている。
 いや、彼と戦った者ならば皆知っているのだろう。
 あの目が戦場では光を放つ事を。
 全てのものを見据えて、冷たく射る光を放つ事を。

「何か用か?王子サン」
 額に少しの汗を浮かべながら、それでも彼はにこにこの笑顔だ。
 こんなのが自分より強いだなんてやっぱりロイには信じられない。
 けれどサシの勝負に負けてしまった事は隠しようもない事実だ。
 まあ、そんな事はもう。気にはしてないはずなのだけれど。
「うん。ロイにもこれあげる」
 がさがさと紙袋から彼が取り出したのは銀色の小さな丸い包みだった。
 そのまま手のひらに五、六個乗せられる。
「何だこれ」
「チョコレートだよ。中にお酒が入ってるやつ」
「オレにもっつーコトは配り歩いてんの?」
「うん。ファレナでは毎年この月に好きな人にチョコレートをあげるんだ」
「へえ」
 心の中が少しだけちくりとした。
 細くて小さな棘が刺さったように。
 気にしなければ気づかない痛みだ。
 だから知らない振りなんて簡単だし、気づかない事もきっと易い。
 けれど小さな孔こそ、気づいてしまうととてつもない痛みを伴うのだ。
 例えば今のロイのように。
 好きな人。
 たった五文字のこの言葉が、ロイに影を作る。
 自分は不特定対数の好きな人に勘定されているのかと。
 けれど自分の思いも彼の気持ちも交わしたことはないのだ。
 これは秘密で、ずっと隠しておくべきことなのだから。
 だからそんなのは仕方なのない事なのだ。
 そうやって誤魔化すのはもう何度目だろう。

「だからロイも僕に頂戴ね」
「は?」
 云われた意味が解らずにロイは思わず聞きかえす。
「チョコレート。ロイだってファレナの民なんだからさ」
「レインウォールにゃそんな習慣なかったぞ。ソルファレナだけだろ」
 自分が知らないだけかもしれないが。
 今はそんな事言わないでおく。
「それに、好きなヤツにやんだろ?」
「うん」
「だったらやる意味がねぇだろ」
 そう云ってくるりと踵を返しぱたぱたと歩を進める。
 背中の向こうでただ
「ロイひどーい」
 という言葉が聞こえた。
 どこまで本気かは知らないが。

 手の中のチョコレートを放り投げてまた掴みながらを繰り返し、自室への道を歩いていた。
 ひとつだけ食べてみたけれど甘いはずなのに何故だか苦くて、全く美味しくなかった。
 それは胸に支えているこの訳の解らない感情のせいか。
 感情が味覚さえも麻痺させてしまっているのか。
 もしそうだとしても、そんな馬鹿な話はない。
「あ。ロイ君も殿下にもらったんですか?」
 外へは出ず、地下から円堂に行こうと階段を下りたら、ルセリナが声を掛けてきた。
 どうやら手の中のものの事を言っているらしい。
「ああ」
 ユエは配り歩いていると言っていたからそれも必然なのだろう。
「私も頂きました。でもひとつだけなので勿体なくて食べられませんね」
「ひとつ?」
「ええ。皆さんにひとつずつだそうですよ。この城にも沢山人が集まってきましたもの。ひとつずつでもすごい量になりますしね」
 世界が白くなった気がした。
 確かにこの手の中にはチョコレートが5個あるのだ。
 その差は何だ。
 その差は何だろう。
 それを少しだけ考えて、ロイは走り出した。
 遠くでルセリナの声が聞こえてきたけれど、構っている余裕はなかった。
 なんてことは無い。なんてことは 無い。
 気持ちはこんな所に転がっていた。


 翌朝。
 ユエはふわりとひとつ欠伸をした。
 戸口に出て、日課になっている目安箱の確認をする。
 と、紙以外のものを見つけそれをぐい、と引き出した。
 布の包みだ。中に何か入っているようなのだが、差出人の手がかりになりそうなものはない。
 一応、一城の主たるもの怪しい物には手を触れるなと言われてはいるけれど。
 少しだけ考えて、けれどユエはすい、と包みを解いた。
 自分に何かあってもあの策士の事だ。きっと何とかしてくれるだろう。
 この城にはロイだっているのだ。
 替え玉が何時の間にか本物になることくらい、何処にだって有り得る話だろう。
 本物になった偽者を創造すると少しだけ笑いを禁じえないが。
 ころり、と中から転がり出たものを見て少しだけ王子は笑う。
「バカだなあ、ロイって」
 一つだけ口に含み、ふわりとまた欠伸をして自室へ戻っていった。


 君がこの気持ちをくれるなら。
 きっと僕は大丈夫。


王子はきっと立場的にひいきとか出来ないので

どさくさに紛れて多くあげたりして好意を示すんだろうな。

ロイはきっと正面きって渡せないから、目安箱にこっそり入れておく(笑)

堂々とやるのも面白そうですが、こっそりが良いのです。

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