月と星

 月と星。
 同じ時間を生きていても、
 決して相容れない存在。
 同じ光を放ちながら。
 決して同じになれない存在。

 月と星。
 それは僕らの形。

 最近王子のお気に入りは軍義の間から、まっすぐ外に出た脇のスペース。
 二人くらいならかろうじて座れるであろう、狭い場所だった。
 本当なら屋上の方が好きなのだが、ここの屋上には濃いメンバーが揃っている。
 皆が皆して気難しいというか、干渉される事を避けたがる人たちだから、出来るなら近づきたくない。
 けれど誰だって、一人になりたい場所というものは必要なのだ。
 そして王子である自分にだってそれは必要だ。
 リオンにもカイルにもルクレティアにも干渉されない場所が。

 この場所は意外にも盲点らしい。
 元々この階には軍義の間しかないから、各街の主要メンバー以外はあまり近づかないし、その前から出られる外にこんなスペースがあるなんて誰も思わないだろう。
 例え知っていたとしても、狭くて実用性のないここにはあまり人は来ない。
 だから大概その場所には誰もおらず、王子はここぞとばかりに座り込む。
 けれど最近それが少し違う形に傾いて来ている。
 他に来訪者が出来たのだ。

 カツリ。とタイミング良く背後から靴音が聞こえた。
 王子の視界の端がランタンで仄かに明るくなる。
「よお、王子サン」
 ロイだ。
 ユエは少しだけ体をずらして、ロイが座れる場所を作ってやった。
 まるでそこに入るのが当たり前かのように、ロイは隣に座ってくる。
 狭い場所だから更に隣の体温が感じられて、ほわりと体が緩む。
 指先まで熱を持ってゆくようだ。

 ここで彼と出会ったのは一週間くらい前か。
 今と同じようにここで体を小さくしていたら、声を掛けられた。
 どうして解ったのかと聞いたら、円堂からランタンの光が丸見えだと苦笑された。
 だから王子はそれからは、ランタンの光を消して、まるで闇に溶け込むように小さく躯を抱えていたのに。
 それでもロイはやってくる。
 ここに自分がいる事を理解っているかのように。
 だからユエの中でもいつかこっそりとすり替わってきていた。
 ここに来ればロイに会えるかもしれないと。
 それは自分の欲が溜まった思い込みでしかないけれど。
 それでもロイはやってくるから

   今日の月は三日月。
 月の光が弱いせいか、星の光がとても明るく見える。
 街から程遠く離れた場所だからか、地上の光は何も見えず。
 今見えるのは空から落ちる輝きだけだ。
 二人でここで並んでも、特にすることはない。
 話すことはいつも二言三言くらい。
 黙っていても感情が伝わるなんてそんな事思っている訳でもない。
 寧ろそんな事が出来るなら、胸の中で絡まってるこの行き場のない想いは吐き出されている筈だから。
 けれど、黙っていても何の気まずさを感じないのは。
 やはり、この宛てもない感情のせいだろうか。

「お前の名前ってさぁ、月のコトだよな?」
 唐突にロイが息を吐いた。
 何を言い出すのかと思いながら、ユエはその問いを肯定で返した。
「母上が太陽だから僕は月のようであれって。太陽と対を成す、光を与える存在として」
 その言葉は良いほうに考えればそうなのだろう。
 しかし、ユエはその言葉を聞いたとき、自分は決して太陽にはなれないのだと言い渡された気がした。
 どんなに足掻いても、夢を見ても、自分には太陽の資格はないと。
 そう言われた気がした。
 太陽と同じ時間を生きる事を許されない、さびしい月。
 だから自分から太陽を棄てようとしたのだ。
 初めからその資格がない事を知ってはいたけれど
「ふーん。じゃあ、オレは星だな」
「何で?」
「月と似てっけど、違うもの。同じ太陽の光を反射させてっけど、月よりは小さい存在」
 その言葉が少しだけ自虐的に聞こえて、ユエは何も云わなかった。
「それから、月が潜めると輝きがデカくなんのとか、満月だと星の光が小さくなんのとかも似てんじゃねぇ?」
 ロイは大きく笑ってこちらを向いた。
 けれどユエはその顔を真っ直ぐに見る事など出来なかった。
 今の例えは何故だか、ロイが消えてゆくような予言に聞こえたからだ。
 自分の影武者としていつか、いなくなってしまう事を遠まわしに自分に伝えているような気がしたからだ。

「星なんて沢山あるけどロイは一人しかいないじゃないか」
 その手を引きとめておきたくて、そう云った。
 月の為に星が消えてゆくなんて、あってはいけないことだと。
「んー、そーだな。じゃあ、オレはあの星だな」
 ロイが指差したのは月のすぐ隣の星。
 月の隣だというのに、矢鱈と大きく光っている星だった。
「あそこなら王子サンといつも一緒だぜ」

 隣同士の月と星。
 同じ光を受けて、同じように輝く。
 けれど違うもの。
 似ているけれど違うもの。

 月と星。
 それは似ている僕らの形。
 月と星。
 それは決して同じになれない僕らの形。

 夜気が冷たくなってきて、ユエは小さく震えた。
 それに気付いたのか、ロイは立ち上がって手を延ばしてきた。
 そろそろ終わりの時間だ。
 ユエは素直に差し出された手を繋いで、
「それじゃあロイも、あの星みたいに僕の隣にいてくれるの」
 言葉はただ、空へと飛んだ。
 遠く遠く、その指差した星の所まで。
 別れの時間は名残惜しかった。
 出来る事なら折角繋げたこの手を放したくはなかった。

 階段までの暗い道を出来るだけゆっくりと王子は歩いた。
 時間がこのまま止まってくれればいいのにと思った。
 それが出来なければこの道がずっと続いてくれればいい。
 自分の部屋なんて、なくなっていればいい。
 けれど現実はそう簡単にはいかなくて。
 時間が止まる事もないし、道が伸びる訳もなくて、ましてや自分の部屋が破壊されてる筈もない。
 目安箱の前、手を繋いだまま立ち止まった。
 闇は全てを飲み込んで静かにそこにいた。
「しょーがねぇから、今日くらいは一緒に寝てやる」
 思わず月は星に抱きついた。

 月と星。
 同じ光を受けて、同じように輝くけれど。
 違う存在、違うモノ。
 月と星。
 それは似て非なる僕らの形。
 僕らの存在。

 隣に彼がいてくれるなら淋しい夜も淋しくないだろう。
 月は空に独りきりではなくて。
 隣に星がいるから、淋しい空でも生きてゆける。
 彼がいてくれるなら、月であることも苦にはならない。
 彼がいてくれるなら、月であることも愛おしい。
 


中 途 半 端 !

「ロイ」と打とうと思ったら、エロと打ってました。

さすがロイです。さすがエロです(何で)

このネタはうちの王子がユエだからこそ出来たものですね(苦笑)

月と星。同じ光の違う存在。

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