ふたり

 誰も信じない と 決めていた。

 誰もいらない。
 友達もいらない。
 独りでいい。
 独りでいれば、傷つく事もない。
 寂しくはない。
 自分がいればいい。
 それだけでいい。

 じぶんはひとりがすきだとおもっていた。


「美鶴っ、美鶴っ!」
 どこか遠くてうっすらと声がした。
 聞いたことがあるようで、初めて聞いた声のようで。
 けれどもそれは自分がとても好きな音。
 何だろう。
 誰を呼んでいるのだろう。
「美鶴っ!」
 言葉の意味を、遠い意識の上で探ってみると、ああ、それは自分の名前だった。
 そうか、声は自分を呼んでいるのか。
 どうして呼んでいるのだろう。
 自分はここにいるのに。

 ここにいるのに。

 視界が白く滲んで見えて、美鶴は軽く瞬きをした。
 部屋のものは全て白の向こう側に見える。
 薄いフィルターを通して物を見ている気がする。
 暫くしてようやく、光を受け入れる事に慣れたのか焦点が合ってきた。
「美鶴」
 呼ばれた声がそれだと解ってそちらを見やると亘が立っていた。
 痛さと安堵をないまぜにしたようなよく解らない表情をしている。
 こんな時なんていえば良いのだろうか。
 自分はまだ、人と一緒に居ることになれていない。
 それに何故だかそれ前の記憶がない。
 きっと学校から帰って来て眠ってしまったのだろうけれど、何故亘がいるのかが解らない。
 鍵を掛けていなかったのだろうか。
「亘?」
 その疑問が、少し混ざって名前に乗った。
「あ。ごめん。勝手に入ってきちゃって」
 ぐい、と目元をぬぐって亘はいつものようににこりと笑った。
 その仕草で泣いていたのかもしれないと思ったけれど、疑問を言葉にする事は躊躇われた。
 相手が隠そうとしていることを無理にこじ開ける事は無い。
「鍵開いてたのか」
「うん。何回かチャイム押したんだけど美鶴出てこなかったから」
 赤い目元が少しだけ痛々しかった。

「もうさ、目を開かないかと思った」
「なんでだよ」
「目を開かなかった事を知ってるから」
 闇が二人の間を通り抜けた。
 窓からの赤い光が床に窓型に映し出される。
 遠くで鳥が鳴いた。
「もう起こらないよ」
「だけど」
 だけど、亘は知っている。
 どんなにどんなに呼びかけても美鶴は閉じた目を開かなかった。
 一緒に帰りたくて、一緒に戻りたくて。
 けれども繋がれた手は小さな光になって空へ飛んだ。
 目は開かれる事なく。手は繋がれないまま。
 光は亘の手をすり抜けて高く高く飛んだ。
 もう何処まで上っても届く事のない高みへ。
「あんな思いはもう嫌だ」
 例え、これからもずっと哀しい思いをする事を避けられないと知っていても。
 出来るならば辛い思いはしたくない。
 それが美鶴と関係ある事なら尚更だ。
「美鶴がいなくなるなんてもう嫌だ」
「亘……」
 零れた言葉はただ、ぐるぐると回る。
 何処へも誰へも飲み込まれることのないまま。

「美鶴、ぎゅーってしてもいい?」
 何も云えなくて指先だけ触れたら、弾かれたように亘が顔を上げた。
 勢いに気圧されて美鶴は狼狽える。
「あ…あぁ…」
 けれどそんな事は出来るなら聞かれたくない。
 何というか、亘の純真さは時折驚くくらい恥ずかしい。
 単純に素直なのだと思うが、何故こちらが恥ずかしくて赤くならなければいけないのだろう。
 ぶつぶつと、そんな事を考えていたら、ふ、と亘の体重が圧し掛かった。
 首にその腕が回される。
 匂いが、美鶴に体にまとわり付く。
 けれどそれは決して嫌ではない。
 体温や、心臓の音が間近で感じられる。
 それも嫌ではない。
 きっとそれは嬉しい事で、自分はこの匂いがなくては生きてはゆけないだろう。
 幻界へ行って何も得られず戻ってきたかと思いきや、得られた物はこんな所にあった。
 何者にも変えられない、誰にも渡せない、自分を変える事の出来る存在。
「美鶴にまた会えて嬉しいんだ」
「もう亘の前から消えないよ」
 ひとりよりふたりのほうが好きだから。

 もう今はきっと、ふたりで居ることは辛くない。
 むしろ亘となら一緒にいたいと思える。
「亘がくれたこの世界を大切にしたいから」
 繋いだ手は離さない。
 今はもうひとりではなく。
 今はもうふたりだから。



最近私ワタミツなんじゃないかと思えてきた。
なんつーか亘の実直さは攻めの類だよなあ。
ミツルはツンデレだから受けっぽいし。あれ?

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