やわらかな髪

 ちらりと横目で覗いた。
 やわらかそうだな、と思った。

 先ほどから美鶴は本を読んでいる。
 学校帰りに寄った本屋で買ってきた本だ。
 彼の視線は活字をなぞるように動いている。
 遊び相手がそうしているものだから、亘は暇になってしまい独りで格闘ゲームなぞをしていた。
 けれどやはり独りでやっていては何をしてもつまらない。
 隣に大好きな遊び相手がいるのに、これでは二人でいる意味がない。
 亘は美鶴の横に腰掛けて脚をぶらぶらさせていた。
 ぱらりと紙をめくる軽い音だけが、室内に浮かんで消えてゆく。

 ちらりと横目で覗いた。
 やわらかそうだな、と思った。
 美鶴の髪は、猫っ毛とでもいうのだろうか。
 細くてふわふわしたそれはとても柔らかそうで思わず触りたくなる。
 自分の真っ直ぐな髪とは大違いだ。
 そういえばあの魔病院で出会った時も、風に靡くきらきらのこの髪を眩しく見つめていたっけ。
 亘はあの時の、不適に笑った美鶴を思い出す。
 自分を救ってくれた彼は矢鱈綺麗で格好良かった。

 触りたい。
 触りたい。
 触りたい。

 衝動が抑えきれなくて、亘は手を延ばし、その髪に触れた。
 そのまま頭を撫でるように上から下へ、繰り返す。
「何?」
 紙を繰る音が止まり、彼がこちらを見遣った。
 怒りのような困惑のような不思議な表情を顔に貼り付けて。
 それはまあ、当たり前の表情なのだろう。
「柔らかそうだなーと思って」
 自分の答えに彼は更に当惑の顔をする。
 そりゃそうだろう。
 そんな答えで「そうか」と言われたらこっちが驚いてしまう。

 何を思ったのか、美鶴はぱたりと読んでいた本を閉じた。
 部屋には何の音もなくなり、白く染まったような気がした。
 美鶴は頭の上に乗っていた亘の手を外し、ベッドに膝立ちして亘の頭に唇を寄せた。
 予想外の事に亘は驚いて思わず身を離す。
 ベッドが、ギッと鳴った。
「な…!何っ!?」
「おまえ、暇なんだろ」
 するりと彼の白い手が自分の頬に触れて、思わず亘は肩を震わせた。
 こんなのはずるい。
 こうなってしまったら、亘にはもう目を閉じるしかない。
 先ほどまで文字をなぞっていた目がまっすぐ近づいてくる。
 触れた唇は思ったとおり柔らかくて甘かった。
 泣くようにベッドがまたギィと軋んだ。

「柔らかそうだと思っただけだって!」
 ぷう、と頬を膨らませて亘は言った。
 何故キスをしたのかと問うたら、暇だから髪に触るんだろ、と云われたからだ。
 確かに亘は暇で手持ち無沙汰で相手をして欲しくてあんな事をしたのだけれど。
 はっきりそう言われてしまうとそれを素直に肯定出来ない。
 唇が触れている最中にも、腕を伸ばしたら彼の髪が肌を掠れて。
 遠い意識の中で、軽くて柔らかいな、と思った。
 彼の髪はふわふわしている。
「ふーん」
 手が伸びてきて、亘は反射的にまた肩を震わせた。
 そうしたら彼の手はそのまま自分の髪を撫でた。
「オレの髪が柔らかいなら、おまえの髪はさらさらだな」
 そう云って自分の髪に口付ける彼を見てまたどきどきと胸が鳴る。
 絵本で見るお姫様のような扱いに、自分はそんなのじゃないと思いながらも振り解けないのは、訳も分からない感情のせいだろうか。
 どきどき。どきどき。
 彼といるとどきどきしてばかりだ。

「ヴィジョンに居るときは遠くて触れなかったけどさ、今は近くて嬉しいんだ」
 ずっとずっと追いかけていた。
 会いたくて触れたくてずっと。
「だから美鶴がここにいてくれて嬉しい」
 言葉に、美鶴の目がゆるゆると開いた。
 誰かを愛する事も、愛される事も知らなかったのに。
 ましてや、それがいつか叶う事もないと思っていたのに。
 ずっと独りで生きていくものだと思っていたのに。
 いやむしろ。死んでしまいたかったのに。
 今自分は誰かに必要とされていて、一緒に居たいと言ってもらえて。
 誰かを好きになる事が出来るなんて。
 けれどそれは。悔しいから秘密だ。

 返事の代わりに美鶴は亘の高い体温の手を取って。
 ゆうるりとまた唇を重ねた。
 印を付けるように。
 


あのふわふわの髪を触りたい。触りたーいっ!
魔病院で靡く髪が大好きですよ。。
なんだかラブい彼らがムカつきますよ(おい)

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