† | まぼろし | † |
「本当に アヤ なのか?」 切れた雲の間から、月光がすべらかに貌を照らした。 綺麗、だと思った。 こちらを見下ろす目は、愁いを含んでいて。 まるでそれは、人形のようだと思った。 「あ」 音のような声が、自分の唇から零れた。 その音に、自分が驚いた。 まるで止まっていた時間が動き出したように、彼の目が見開かれる。 彼は自分の顔を暫くじっと見つめた後、愁いを含んだ目に更に翳りを染み込ませて。 す、とこちらを通り過ぎた。 「オレのなんだ」 亘の持っていた青い玉が、ふ、と消えた。 眠れなかった。 あの後一生懸命追いかけたけれど綺麗な少年は大きな白い扉に吸い込まれていった。 ように見えた。 確信が持てないのはその後、その扉が消えてしまったからだ。 実際一緒にいた筈の友人はその扉を見ていない、と云う。 確かにあった筈なのに、消えてしまっては自分でも確証が持てない。 今になって見れば、あの少年の事もまやかしだったのではないかと思ってしまう。 すべらかな頬の、綺麗な貌。 ふわりとした、色素のない髪。 触れれば消えてしまいそうだ、と思う。 雪が熱で溶けてしまうように、彼も消えてしまいそうだと思う。 いや実際に、消えられてしまったのだが。 遠くで犬の遠吠えが聞こえた。 巨大なこの団地の建物はすっかり寝静まっているようで、しんとしている。 時計の音が鼓動と重なって矢鱈と大きく聞こえた。 もう寝なければ、そう思っているのだが、眠気は襲っては来ない。 目を閉じても過ぎるのはあの愁いの目。 全てを覆い隠すような長くて黒い、コートのような服。 それは何故だかすずろかな音を立てて、ばさりと揺れる。 友人が待ち望んでいた幽霊ではないけれど。 それは、まやかしであやかしだったのではないかと 思う。 今更ながらに。 翌日、それは現実だったのだと認識した。 昨日の彼が、同じ学校にいたからだ。 扉の事や、工場の事は例えまやかしであったとしても、彼自体はそうでなかったのだと安心する。 むしろ、彼がこの世の者であったという事実に安堵する。 しかも彼は上級生の攻撃にも目線逸らさず瞬きせずで。 素直にすごい、と感嘆した。 一瞬だけ、視線がかち合ったけれど、彼の顔からは何も見えなくて。 例えば驚きだとか、例えば喜びだとか。 事前に会って居たならば、それなりに見える目の中の色が見えなくて、亘は少し落胆した。 やはりあれは幻だったのだろうか。という想いが再び頭をもたげてくる。 けれどそんなのはもうどうでもいい。 ここに彼がいるならば、これから仲良くなってゆけばいいだけの話だ。 聞きたい事は山ほどあったし、言いたい事も山ほどある。 帰り道。少し駆け足で家路を辿った。 降りかかる熱が汗となって流れたけれど、気にはならなかった。 心が躍っている。 それは何故だろう。 不思議とどきどきする。 それは彼に会った時からだ。 覚えのない感情を持て余す。 何だろう、この衝動は。 世界が少しだけ変わって見えた。 目を閉じれば。 愁いを含んだ、目。 伏せた長い睫。 月光に照らされたすべらかな頬。 ふわりとした髪。 心地の良い音。 どきどきする。 世界がようやく開いた気がした。 | ||
再びワタミツ。 美鶴の綺麗さを書くとどうしても亘視線なので、つい。 自分の衝動に正直になったらいいさ(笑) |
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Jul/06 | † | 戻る |