† | 何も知らない大きな眼 | † |
閉じた空間の中で、ミツルは息を吐いた。 倦怠感というか、何故だか嫌な気持ちが血と一緒に流れているような感覚だ。 足元も覚束ない。 原因なんて解ってる。 全て彼のせいだ。 おせっかいでお人よしで、他人の為に自分を犠牲にするような。 彼。ワタル。 『ミツルを信じたいんだ』 言葉が耳の奥で反芻する。 唇を噛んだ。嫌な音がした。 全ての思いを捨てた筈だった。 妹を取り返したいとこの世界に入ってから。 何もかもを捨ててきた筈だった。 願いを叶えるために。 この世界の人を傷つける事も、森を焼いてしまう事も厭わなかった。 ただ、その瞬間ふいにこの手が躊躇ったとしても。 自分はその為にこの世界に来たのだし、所詮関係のないこの世界がどうなろうと。 どうなろうと。 良かった 筈だったのに。 『ミツルを信じたいんだ』 また声がする。 ぎゅう、と杖を握り締めた。 魔病院で彼を助けた事が少しだけ後悔される。 いや、助けたかった訳ではない。 ただ、会いたかったのだ。 自分と同じ感覚のないこの世界で唯一、自分と同じ世界から来た者。 いや、それ以上に。 初めて会ったのは、ビルの屋上だった。 月光に照らされた貌を今でも覚えている。 不覚にも瞬間、見とれてしまったことを覚えている。 何も知らない大きな眼。 彼を見ていると自分が酷く汚い人間に思えてくる。 ぱたり、と液体が床に落ち、赤い円を描いた。 ミツルはその場に膝を付き、蹲った。 間違っていない、とは云えない。 確かに自分はひどいことをしている。 けれど。 けれど。 アヤ。 手放したくないものも、手放せないものも沢山ある。 彼に行き先を言ってしまったのは何故だろう。 そんな事を言えば追いかけて来るだろう事は予測が付くのに。 どうして、自分がこれから行く所を告げてしまったのだろう。 止めて欲しいのだろうか。 解らない。解らないけれど。 動いてしまった形は、今や完全なる物を求めて止まることを知らない。 そして、それを自分で止める勇気もない。 だから、誰かに止めて欲しいのかもしれない。 そしてそれが。出来るなら彼であって欲しいと思っているのかもしれない。 何も知らない大きな眼。 それが自分の闇を知ったときどうなるのだろうか。 それは、自虐でしかない、と自嘲した。 | ||
ようやくミツワタ、のようなもの ミツルは闇に踏み込まれる事を恐れる でも、ワタルはきっとそんなの気にしない(笑) |
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Aug/06 | † | 戻る |